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お地蔵さま

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    一期一会 お地蔵様

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2005年2月

2005年2月26日 (土)

またまた風邪

義母が風邪を引き 続いて私も風邪を引いてしまいました。
母は一時 座位が保てなく 食事も取れない状態でしたが
今は 自分でスプーンも持て 食べられるようになりました。

ショートスティを予約していて 山の予定でしたがキャンセル。
いまだに熱と痰の音がして 気が抜けません。
高齢ですので 抵抗力が弱くなっているのでしょう。

私は熱が無いので 家事をサボれません
と言うかいつもサボっているので たまには頑張らばいと。。。ね!p(^-^)q

2005年2月23日 (水)

八ヶ岳 2月12日

ssjyuusouro

5時 起床
6時 朝食 
6時50分 赤岳鉱泉出発

昨日行者小屋から赤岳鉱泉までの間 とてもしんどく 
長時間かかったような気がしたのだが 早く着いた。
体調はベストの状態ではないので しんどく 途中で止めたいと漏らす。
行者小屋から引き返そうと思ったのだが もう少しと思っているうちに
文三朗尾根を登ってしまった。

ここまで来たら登らなくっちゃ。
赤岳山頂からはパノラマで すばらしい展望。
しかし リーダーは小休止で さぁ 行くぞ!
本当にゆっくりと景色を眺める暇も無い。

この後 はしごがあったり 岩場の変化に富んだ面白いコース。
登っては下りの繰り返しで 足が前に出ない。
硫黄岳に着いたときは ほっ
もう 焦ることもない。

写真は阿弥陀岳 中岳
デジカメを部屋の中に置きっぱなしだったので
写真を借りました。

2005年2月20日 (日)

八ヶ岳 2月11日

10日の夜7時頃 岡山を出発
美濃戸口から行者小屋まで 約2時間

行者小屋の手前で 赤岳、横岳が突然目の前に現れた。
それは山というより 氷のとてつもない壁である。
無の世界が立ちはだかり 私達の行く手を阻んでいるように見えた。

同行の方に 「死の世界のよう・・・」と漏らすと 
「死の世界? 神秘の世界だろう」と言われた。

とてもとてもそんな風には見えない。
恐ろしくもあり 何者も寄せ付けない
生などありえない光景に見える。

それを登ることなどすっかり忘れ ただただ呆然と眺めている自分て
何と小さな存在なのだろう。

行者小屋では大勢の人で賑わっていた。
手袋をはずすと冷たいを通り越して痛い。

行者小屋から阿弥陀岳に向かうが 途中谷筋は以前雪崩があり
何人もの方がなくなっているという。
リーダーの判断で 中岳へ直登する。
ここは だれかが下山したであろう トレースがついているが
ブッシュに積もった雪を 掻き分けながら登っていった。

着いた!富士山が見えるぞ!
sok

中岳についたときはへとへとに疲れ 阿弥陀岳に登る元気も無くなった。
阿弥陀岳は 眼前に荒々しく聳え立っていて 
私達を 寄せ付けまいとしているように見える。

阿弥陀岳登頂を断念して 文三朗尾根ルートから下山
赤岳鉱泉に15:30着

その日は疲れてしまって 食事中気分が悪くなった。
階段の途中で 失態をしてしまったのである。
早々に就寝 寝不足には気をつけましょう。

2005年2月16日 (水)

八ヶ岳

無事帰りました。
が 忙しくてなかなかカキコができません。

お天気も良くて すばらしい眺望でした。
富士山がくっきり 
温度もさほど低くなかったのですが さすがに痛いほどの寒さでした。

また 落ち着いたら報告をかきます。

2005年2月 6日 (日)

不安とともに

10日の夜から 八ヶ岳に向かう

これまでハイカー的な山行だったのが 山屋の友人と知り合ったばかりに 
一昨年から どんどんとレベルの高い山に挑戦するようになった。
槍ヶ岳に誘われた時には 無理だと思ったが どういう訳だか更なる山行へと繋がっている。
(このときはお天気が悪く 雨とガスでほとんど視界無し)

沢にも行くようになり 道具は増えるばかり。 ついには 極寒の雪山だ。

当初は3人で予定していたが 山岳会の2人が増えて 5~6人になった。
山岳会の方はベテランで 装備を昨日チェックして頂いた。 手袋にゴムをつけ 飛ばないようにすること。
オーバー手袋に紐をつけること。 ワセリン入りのリップクリームを持っていくこと。 などなど・・
知らないことばかりだが 聞いていると なるほどと思うことばかり。

それにしても 今まで楽しく登ることが一番だったので 登山の勉強などほとんどしていなかった。
まして-20度の世界に挑戦するなど 自殺行為と思っていたので
この先 自分がどうなっていくのだろうと 恐ろしい。

が、もし行って すばらしい世界が待っていたら きっと又行きたくなるに違いない。
たとえ厳しくても 次はきっとと言う期待感で 又行くのかな?
いい加減だった今までの自分に終止符を打たないと 大変なことになりそう。

来年度の遭対協基金 10口にアップしておいた。
役に立たないことを祈るばかり。

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