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お地蔵さま

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    一期一会 お地蔵様

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2005年7月

2005年7月19日 (火)

香川県 女体山 7月18日

88番札所の大窪寺を訪れたついでに 
小学校3年生の姪と 裏にある女体山に登った。
沢の後遺症の筋肉痛で 歩けない。
姪は上りも下山も とんとんと走るのだ。

山頂の祠からは 岩がせり出してすばらしい眺め。
感動した!
とは 姪の言葉でした。
また どこか行こうねと約束です。
メモリーステックがどこかへ行っちゃって アップできず。
又そのうちね。

大山地獄谷沢登り 7月16日

15日の夜11時頃 一向平に着く
リーダー達はテントで寝ているようだった。
車の後部で シュラフに包まって寝ようとするが なかなか寝付けない
朝は4時頃から目覚め 雨と体調の悪さに緊張。
6時を過ぎた頃から 徐々にメンバーが集合
予定通り7時出発。
地獄谷から入渓P1000018

最初は少し暗い谷で 巻き道に入り 懸垂下降の練習。
後は自分のペースで それぞれ歩いていく。
私とあと クライミングで一緒だったYさんが ほとんど最後尾だ。

みなさん 足の速いこと。
私達と後二人は すっかり置いてけぼりだ。
途中から振り子沢に入っていくが この辺りから 前後誰もいなくなった。
全くの単独状態
踏み後を確認しながら 地図を見ながら 沢を登っていく。
最後の ユートピアへの急登が辛かった。
象が鼻にやっとの思いで 着いた時の感動は忘れられない。

13キロの荷物を降ろすと ふらふら。
簡単な食事を取って やっと人心地がついた。
あと 親指ピーク 野田が山 大休み峠と急な上り下りを繰り返す。P1000027
とがった画像は親指ピーク 崩落して真上は通れないそうだ。
一人 大きなザックで参加していた男性がばててしまい 
希望者は小屋で泊まることになった。
早く帰りたい私達は またまた5キロの道のりを歩いて下山

本当にみなさん 足が速く すっかり自信が無くなってしまいました。
なんだかがっくり。

2005年7月13日 (水)

思うこと

最近 こんなこと思ってしまう。

人に依存しない。

自分でどんどん行動をするべき

自分に言い聞かせています。

Pim0007

2005年7月11日 (月)

大川山とうどんツアー7月10日

sDSC07052
友人が以前からうどんを食べに 讃岐に行きたいと言っていた。

フェリーに乗り 一路讃岐路へ。
9時頃着いたものの うどん店はどこも準備中
仕方なく 金毘羅さんと呼ばれる 琴平方面に向かう。
まだ朝の静かな町並みで あったあった!
ここは細麺が売りだと言う事で 釜揚げを注文。
讃岐のうどん店は おでんとセットが多い。
おいしいおでんと しつこくないうどんの組み合わせは最高です。

やっとおなかも膨らみ 大川山へ
車を途中に置き 登山道を歩いて登る。
登山道をさえぎるように 車道が付いている。
登山道は丸太の階段になっていて とても歩きにくい。

雨のしょぼふるこんな日でも この山に来る人はいるようだ。
時折 車が走っていた。

山頂では大川神社があり 神主さんだろうか?

「まぁ あがりまい。お茶でも飲んでいきまい。」
中を見せていただくと ごつごつした 太い床柱やら
古い絵、昭和天皇の写真 掛け軸
なにせ 内装を見ているだけでも 歴史が在る言うことがわかる。

「あの柱は ○○から かたいできたんだけんの。あの石もかたいできたんで」
四国に熊はいないという話になって
「わしが子供の頃は そこから熊がのぞっきょった。
龍もおったんで。○○さんが追いかけて しとめたけんの」

讃岐弁でいろんなお話をお聞きして 私は全て理解することが出来たが
友人は ほとんど分からなかったらしい。

うどん3軒食べ歩き 楽しいお話もたくさんお聞きできて 有意義な一日だった。
今度行くとしたら 違う山がいいな!

6月26日泉山

中林の滝から入り 直登コース
小屋で食事
下山は天の川コースのつもりが 神社の方へ降りてしまった
途中気がついた人がいたが 却下
そして これはどうしても違うと言う所で 気がついたのだった。

再度 山登り。
もうくたくたに疲れて・・・・・
天の川コースではヤブ漕ぎ ほとんど誰も歩いていない様子。

教訓 思い込みで歩くのはやめよう。

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